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第一日目の様子(FBとダブります)
 天気も曇り晴れ、中庭で行われたダンスパフォーマンスステージも芝生一杯の観客。各教室でもいろいろなアイディアの出し物。今日は生徒とご父母だけでの開催。
 同窓会も会議室で「野口聡一コーナー&宇宙飛行のVTR放映」と「下寺尾官衙遺跡群の資料展示」に『卒業生による語り場』として、21回生の芝浦工業大学教授の清野肇さんから「化学を語る」を14時から行いました。手の空いている?化学に興味のある?生徒さんの参加で人数的には少し寂しくありましたが、真剣に話を聞く姿は北陵生だな・・という感じでした。 

二日目は真夏に戻ったような陽気。生徒、保護者だけでなく一般公開での開催。友達どうしの中学生、小学生や幼児をつれたご夫妻、見るからに卒業生の大学生・・。相変わらず、午前の同窓会ブースへの見学はなく、私も11時から吹奏楽部の演奏を聞きに視聴覚室へ。同窓会ブースは中村副会長にお任せでした。ちなみに吹奏楽部の会場は満杯状態、椅子席の周りを立ち見が取り囲む状態でした。今の校舎では会場の手配は難しい。早く移転して欲しいと改めて感じました。二日目も中庭ダンスパフォーマンスは芝生一杯の観客。いろいろなアイディアの出し物も人を呼んでいました。合唱部、演劇部は部員も少なく寂しくはありましたが、小人数での素敵なコーラス、パフォーマンスを見学できました。物理部や棋道部はその世界に入り込んだ生徒たちの雰囲気が一杯でした。天文部は手作りミニプラネタリウム。茶道部でお茶を頂きたかったのですが、いつも待ち時間あり位の盛況でいただけませんでした。

P9092941.JPG

同窓会ブースでの報告です。二日目は生徒の訪問はまったくなし。入り口に「同窓会」を案内してあるのを同窓生だけのブースを思われたようなので急遽取り外しましたが...。ただ、一般公開日ということで同窓生に訪問いただいたのが救いでした。「遺跡」のことについて、学校移転話は聞いているが遺跡の貴重さ等は知らないというお話を伺いました。私は歴史に興味もありましたし、校舎建て替えの話が出た頃からかかわっていますし学校評議員会で情報も得ていました。また、茅ケ崎市が行っている遺跡フォーラムなどにも参加しているのでブースでは知っていることをご案内しました。しかし、一般の方、同窓生の方にしてみれば、そういった機会がないのですから、もっと普段から同窓会としてもアナウンスする必要があるのかと感じました。現状、遺跡も校舎移転も以前同窓会ブログで書いた範囲でした状況は分かりませんし、大きな変化もありません。

話を二日目に戻します。今日の『卒業生による語り場』は22回生武田賢也さんからご自身の経験『MBA取得アメリカ留学記』を語っていただきました。MBAを取得するための準備段階からの話から、生徒たち向けに英語力をつけるためにアドバイスも用意していただいたのですが生徒がいなく残念でした。お話の内容は爺の私にとっても興味ある話がテンポよく進み、質問をふくめ1時間があっという間でした。武田さんには貴重なお休みをこのためにいただきありがとうございました。

 文化祭の催し終了後、文化祭担当の先生と軽い反省会。同窓生による『語り場』の生徒へのアナウンスの難しさを話されていました。あくまで文化祭は生徒主体の行事なので、文化祭開催内容へのアイディアや指導はできない。結論、生徒に同窓会の企画の意図をもっときちんと伝えられなかった(方法もなかった)私どもの甘さですね。今年は体育祭文化祭、同年実施の最初の年なので、まずは同窓会も参加しようが第一義でした。来年は同窓会の存在、継続アピールためにももっと熟考しないといけませんね。同窓生の皆さんのご協力をお願いします。最後になりましたが、語り場の清野さん、武田さん、お手伝いにくれた竹内さんありがとうございました。また、準備の打ち合わせから孤軍奮闘してくれた中村さん、野口さん担当を続けてくれている新倉さん、私の抜けた部分をいつも補ってくれる錦織さん、お疲れ様でした。来年は文化祭担当委員会を広く募集します...、同窓会新人、超ベテラン同窓生...お願いします。

広報用の書き込みテストです。

やはり第一シード校は強かった。310で敗北

 1回裏、藤沢翔陵の3番・近藤が先制のソロホームランをレフトスタンドへ。4回終了時点で80と大きくリードされる。わが北陵は、3回表には一死から9番・古谷 勇樹、1番・藤村、2番・笠井の連打で満塁のチャンスを作り出すが、ピッチャーゴロ、そして強烈なサードライナーに倒れ得点ならず。4回表にも二死一三塁と得点圏にランナーを進めるが、生還ならずと、なかなかホームが遠い。コールドゲームかと思われた5回表、先頭の1番・藤村が四球で出塁、二死ながら三塁まで進むと、4番・府川が執念のタイムリー内野安打を放ち、1点を返す。6回裏、藤沢翔陵2番・松田を三塁に置き、4番・森山がこの日2本目となるホームランをまたもレフトスタンドへ叩き込み101と再び引き離される。7回表、この回3点以上取らないとコールドゲームになるが、二死となるものの、ここから粘りを見せる。2番・笠井が四球で出塁すると、3番・細野がヒットで続く。さらに4番・府川も四球を選び、満塁。ここで5番・齋藤健が2点タイムリーを放ちこれで7点差。なおも一二塁と勢いに乗れるかといったところだったが、翔陵はピッチャーを交代。その代わった小倉に抑えられ追加点はならず、7回コールドとなった。どの回も生徒たちの応援、保護者の方たちの応援、そして同窓会マフラータオルをかけた爺ばば(失礼)応援を受けて一生懸命に頑張る姿はいつみてもいいものでした。校歌は歌えなかったけど素敵な時間を過ごすことが出来ました(感謝)。高校3年生の夏は終わった。次を2年生・1年生に託して本業(?)の学業に専念となるのでしょう。<6回生:掛川> ・・・写真を忘れてしまった・・・トホホ

サッカー部、第95回全国サッカー選手権神奈川県予選会頑張ってます。

同日の午前、1次予選Dグループ2回戦が行われ、秦野曽屋に1:0で勝利しました。次は7月23日(土)9:30から北陵グラウンドで横浜翠嵐との3回戦です。応援しましょ!


5月21日(土曜日)かながわ県民センター
神奈川県の埋蔵物センターに15年、高校教師として15年・・・、と自己紹介をされてから講義に入っていった。2016052117370000.jpg

平成28年度 第1回 考古学講座
「古代人の心象風景-古代人の心の投影を器(うつわ)に読む-」 
  講 師:神奈川県教育委員会文化遺産課 長谷川厚  

 長谷川厚さん(9回生)
平成26年3月まで北陵高校で社会科を教えていた。私も学校評議員として授業を見学をさせてもらった。講義形式の授業ではなく、いくつかのグループにわけて、テーマに対して自分たちで歴史の流れをまとめる...いわゆるアクティブラーニング。北陵高校で長谷川先生の授業をうけた同窓生もたくさんいるだろう。高校時代の先生がどのような先生だったかを授業をうけたみなさんから投稿をいただければ幸いだ。
 さて、当日の様子だが、会場は横浜駅近くのかながわ県民センター、300名程の方が参加されていた。もっとも、私も含め年齢層は高い。ここ数年、縄文時代の再発見ともいうべきセミナーや講座が多くあり、県でも昨年の考古学講座では縄文時代もテーマだった。今年は?と思い県のHPを見ると第一回考古学講座・・・長谷川厚、長谷川さんだ!、名前発見。早速、参加を申し込んだ。
 講座の内容は古代人の心象風景・・・難しい・・・、器に着目して古代人の心の有り様をみようということだった。古墳時代から時代をおっての一般人には気が付かない器のあり方からみえる古代人の様子をお話しいただいた。積極的な参加意思をもった人たちだからかもしれないが、前半1時間、会場の私語はまったくなく、話にひきつけられたようすだった。
 休憩後、県下の遺跡から出土した器などの話になると、ちらほら会場内で会話する小声も...。身近なもの、知っているもの、そういった時、人は相槌を打ちたくなるようだ。私も「茅ヶ崎北陵高校で発見された下寺尾官衙遺跡・・・」のくだりでは、思わず首を上下した。最後に数名の方から質問があり、長谷川さんはしっかり聞き、きちんと答えられていた。時間を忘れてしまうようなテンポのよいお話だった。
(講演終了後、この「(仮)同窓生のニュース」を掲載することの許可をもらいました。)
 現在、長谷川さんが勤務されている文化遺産課の埋蔵文化財センターでは、発掘調査による出土品などを適切に収蔵・保管し、これらの公開・活用を 通じて、県民の歴史や文化に対する探求心、学習意欲などに応えるための様々な事業を行なっています。ますますのご活躍を...。

⇒同窓会では、現在ホームページのリニューアルの検討を行っています。今までの同窓会フェイスブック、同窓会ブログもホームページに取り込んだものになると思いますが、今回のような同窓生のニュースを『活躍する同窓生』のような項目でシリーズ化したいと考えています。
 ネットで北陵の卒業生で検索すると「宇宙飛行士野口聡一、NHKアナウンサー徳田章、気象予報士藤井南美(敬称略)」の三人から、作家の佐川さんや海外で活躍しているホルン演奏者根本さんたちも検索されるようになりました。実は、FBで夫婦と子供二人が卒業生という一家の息子さんの記事が新聞に掲載された(茅ヶ崎ゆかりの映画の監督)のをリンクしたこともありました。
 これからも、誰もが知っている卒業生(同窓生)だけなく、新聞やメディアで話題になった方や色々な分野で活躍されている(いた)方々をご紹介できればと思います。新聞やメディアに取り上げられた方はもちろん、今回のような本人以外からのレポートの形でもよいと思いますし、ご本人から「こういった活動を行っています」でもよいのではと考えています。なにしろ、ホームページの骨格もできていない中ですが、いろいろな同窓生の情報が集まればよいと考えます。
 ホームページでは、ほかにも『お世話になった恩師の現在のご様子』や学校のキャリア教育のOB講話などの『人材バンク』などを設け学校との連携することを考えています。また、現在同窓会代表委員有志で行っている不定期な委員会の委員の中でイベント好き、飲むのが好き、スポーツの応援好き等々いろいろな方がいます。ほかの企画もHPに入ってくると思います。
 今回のブログの前段は「活躍する同窓生」の一つのモデルです。後段はこれからの同窓会ホームページについてでした。同窓会のHP&同窓会そのものの活性化に力を貸してくださる方、大募集です!(長くなりましたが最後まで読んでいただきありがとうございました。ブログは6回生の爺、掛川が書きました。)

2014年同窓会総会記録

期 日/11月9日13:30~15:30(延長~16:00)

出席者/31名(学校事務局担当者2名を含む)1~9回生11名、10~19回生11名、20~29回生4名、30~39回生4名、40回生~1名

報 告/会計報告、校舎に関する報告

記 録

会計報告/同窓会有志のHP(Hokuryo Net)上で、5月の代表委員会で承認され既に公開している旨の報告、在校生支援金と学年同窓会補助金についての項目について補足説明。

校舎に関する報告/遺跡発掘のいきさつ、仮校舎使用に至る経緯、木造校舎建築の白紙化と移転について、移転先候補の状況報告。

<議事について>同窓会総会案内にあるように活動報告、役員・学年委員選出・意見交換「10年後の北陵のために、同窓生ができることは何だろう...」ほか、とあるように上記の報告が行われました。役員・学年委員選出については、現状の代表委員の状況が伝えられ総会出席者に委員になって頂ける方をお願いしただけで、役員も含め選出には至りませんでした。「10年後~」についての意見交換は時間を延長して議論にはいりました。結果、総会参加者有志で情報や意見交換のできる場を設け、今後は広報や個別課題で議論していくことになりました。再度、意見を持ち寄り12月に会合を開くこととなり、議長(会長)が期日を決め連絡をすることが決まりました。以上報告

次は記録を書いている私の考えです。

意見交換「10年後の北陵のために、同窓生ができることは何だろう...」というテーマで同窓会活動の活性化喚起は行われたように思います。当日の様子からも感じましたし、具体的に今後も議論の継続をとなったのは今までにない進展です。さらに、FBを通してご意見も頂いています。  記録:6回生 掛川

北陵遺跡.JPG

追記

←下寺尾官衙遺跡群(郡庁跡)=県教委提供

11/22付の朝日新聞、東京新聞で北陵の敷地も含まれる「下寺尾官衙遺跡群」の国史跡指定に向けての報道がありました。下記は東京新聞のネット上に配信された記事です。

 文化審議会の二十一日の答申では、茅ケ崎市の「下寺尾官衙(かんが)遺跡群」も、新たな史跡に指定された。

 同遺跡群は、同市下寺尾に七世紀後半から九世紀前半に存在した地方官衙(官庁)の諸施設で、比較的狭い範囲に役所や寺、船着き場、祭祀(さいし)場などが密集していたことが確認されている。

 文化審議会では「成立から廃絶に至るまでの過程が確認できる希有(けう)な遺跡であり、地方官衙の構造や立地を知る上で重要」と評価された。

 市社会教育課担当者は「コンパクトにまとまっており、当時の景観や環境を復元しやすい」と説明している。

次は、茅ヶ崎市記者発表資料の記事です。

 国の文化審議会は、茅ヶ崎市下寺尾に所在する「下寺尾官衙遺跡群」について、11月21日(金曜日)に開催される同審議会文化財分科会の審議・議決を経て、新たに史跡に指定するよう文部科学大臣に対し答申する予定です。
 これは、下寺尾官衙遺跡群が古代地方官衙の構造や立地などを知ることができる遺跡として評価されたものです。
評価のポイント

 今回の指定は、古代地方官衙を構成する諸施設(郡衙・群寺・船着き場・祭祀場)が比較的狭い範囲に密集し、官衙遺跡の全体像が把握でき、地方官衙の構造や立地を知る上で重要であると評価されたものです。今後の予定

 史跡の保存整備に必要な保存管理計画を作成するとともに、史跡地の公有地化や周辺の追加指定を進めていきます。また、整備等に必要な確認調査を実施しながら、史跡の公開普及を行っていきます。

朝日新聞の記事では、史跡の公園化とともに北陵高校の移転の問題も同時に解決すべきだと掲載されていました。

旧正門から.JPG 平成26年度の同窓会代表委員会が北陵高校会議室で行われました。平成25年度決算報告と26年度予算の承認が行われた。残念ながらいつものごとく出席者は少なかった。1-4-5-6-8-9-10-13-16-18-18-32-38回生が参加された。
 同窓会創立初期にきちんとした組織をつくろうとすればよかったのかもしれないが、仕事との兼ね合いもあったのだろう、形だけの同窓会であり続けた結果だと思う。
 前述の参加回生をみても20回生代の参加はない。仕事中心の年代だからだろう。
 学校創立50周年記念行事を一つのきっかけにと思いちょうど昨年から書き始めたブログ...、無事(?)記念行事は終了した。しかし、同窓会が主体ではない。もちろん、式典や記念誌など同窓会から人も出し行事は済んだ。
 今回の同窓会代表委員会で、おおむね5年ごとに行われることになっている同窓会定期総会を今年の11月9日(日)または16日(日)に実施することに決まった。30周年の時のようなゲストを招いて会場を借りての総会ではない。今後を見据える総会になってくれたらよいと思う。ちなみに代表委員は各年次から1名ずつ選出されているのだから役員を含め50名以上になる計算だ。しかし、代表委員会はいつも10名程度、これで将来の同窓会のあり方を決め、運営していっていいのだろうか。学年代表の任期は次に開催される定期総会までとなっている(同窓会定款第12条)重任可なので変更もなく今まできたのかもしれない。しかし、できれば代表委員会には参加できる代表委員であったほしい。
 今日参加した代表委員たちは、以前も参加された方が多い。上の写真の通り、旧校舎は取り壊された。現地での建て替えは白紙に戻った。移転先はまだ決まっていない。不確かな噂が広がっている・・・。どのようになるのかを知りたい・・、そういった思いが代表委員会参加につながったと思う。それだけ思い入れの強い方たちだと感じた。
 残念ながら4月の県教委まなびや計画推進課からの報告以外、課からも学校からも建て替えに関する確かな情報はない。6月6日に学校評議員会が開かれるので、新たな情報があるかは聞いてみる。
 ちなみに、『現在1500万円の特別会計積立金があります。』
 みなさんは何に使えばいいと思いますか?
 それに対するアイディアをもって11月の定期総会には沢山の同窓会会員の参加があればいいなぁと思う還暦すぎの爺さんでした。
奥に体育館.JPG

 テニスコート側から見た写真です。奥に見えるは老朽化した体育館。北館-中館の跡地...。校地内の仮舗装された道を挟んで右柵側が本館跡地。
 校舎は全て跡地になった。

ぐるっと見渡せる空間に立ち、何人かと雑談...。郡庁遺跡型校舎を現グラウンドに建てて、制服は奈良時代の装いで...、なんて言って笑ってました。不謹慎かな(笑)

FBでお知らせした通り、4月12日(土)茅ヶ崎北陵高校会議室で県の教育局まなびや計画課から、旧校舎のあった場所に校舎を建替えることがここ1年で変更された経過報告を受けました。昨年度、県内の木材を中心に利用して木造新校舎に建替えるための設計調査の予算が確保されたが、『①茅ヶ崎市議会からの意見書②団体(文化財保護団体等)からの意見書』をうけた。昨年末『茅ヶ崎市から市内移転に限らず移転先も考えてもよい』をうけて、近傍地も含め再度移転地を探すための県と市の協議を進めることになった。、

【平成26年度予算案で:県立学校耐震化の取り組みについて<という項目に>、平成27年度以降に対応を予定しているもの<の中に>・茅ヶ崎北陵高校〔本館棟、北館棟、中間A棟、中館B棟〕平成25年度に木造校舎による現地建替えに向けた調査設計費を計上していたが、茅ヶ崎市議会や各種団体からの意見を踏まえ、今後、市外の近傍地を含めた適地への移転の可能性について検討<とあります>】 <>は加筆です。

【 】内は公表されている現在の内容です。これを元に各新聞が報道したものです。

当日の質疑の中から

質問)今までの県と市の協議の中で具体的に移転地候補があったと思うが、何故移転できなかったのか?

回答)高校として運営するための校舎およびグラウンドの面積が確保されていなかいので無理である。県は高校として最低限度の敷地として条件に満たないと判断した。市内では候補地は難しい状況下、市側から市内に限らないということになり、再度移転候補地を求めることになった。地元自治会から候補地が挙がっているので、それも含め検討している。

その他、50年前に現地を寄付した旧土地所有者の確認は必要ないのか?移転先の土地の購入は市なのか?校地面積が足りなくても高さを増やすことでカバーできるのでは...。等々

今後の市との協議内容について同窓会にご報告いただけるか?→学校を通して随時、連絡する。ということで、今後も何か変化あれば、学校からもしくはこの場でお知らせすることができると思います。

10:30に始まり、12時近くまで...。結構突っ込んだ話もありましたが、報道以上の内容はない。というより、2月以降進展していないといことのようです。ただ、今年度中には対応ができるようにしたいとのことでした。県の考え、進めかたはわかりましたが、もう一方(近傍地も含めとなったから数市町かな)の茅ヶ崎市の考えは、市民の方はご存知なのかもしれませんが、茅ヶ崎市民ではない私には未だにわかりません。仮に史跡公園となった場合の近隣への影響など含めた案はあるのでしょうか。市も同窓生を含めた北陵に関わる人への説明ぐらいはして欲しいものです。

全くの余談ですが、説明会終了後、数年ぶりに実家のある鎌倉を歩いてきました。世界遺産の候補で騒がれていましたが、元住民としては、静かな穏やかな鎌倉が好き...でした。

入学式の際に撮った写真も載せますね。(4/8)校舎跡地.JPG

奥に体育館が見えます。

校舎は跡形もない。

右にあるような旧校舎の基礎を残して軽量のために木造校舎が建つはずだったんですがね。

4/12には、全ての基礎がなくなっていました。

徒然に・・・、学校評議員会があったので行ってきました。

サッカー.JPG会が朝9時半からでしたので、9:15分くらいに着きました。旧校舎側の駐車場に車を止め、臨時新校舎へ向かう前にグラウンドを見ると、すでにサッカー部が練習を・・・、そこに次々に車が・・・、父母も車から降りてグラウンド側へ・・、たまたまY先生に会ったので、「試合?」と聞くと、「追い出しです。」と、会に参加しないといけないので、詳しくは聞きませんでしたが、卒業生の追い出しコンパならぬ追い出し試合のようです。(違っていたらご指摘を・・、)

すれ違う生徒たちは、ちわっ、こんにちは・・、と変な爺なのにきちんと挨拶をしてくれました。

9:30から評議員会、学校長をはじめ先生方(11人)、評議員全員(8人)。毎回、校長の挨拶から始まりますが、今回は校舎の件も・・、現状報告だけで新しいお知らせはありません。会が終了して再び旧校舎へ

俯瞰.JPG部室のある建物から旧本館を撮りました。右手に体育館、周りを覆う囲い、そして、中に重機・・、さらに中身のなくなりつつある旧本館。

体育館では部活動を行う生徒達が・・、道具を運ぶ女子生徒が写っていますが、顔はわからないですよね・・。個人情報や無断掲載のことがあるので気にしながら撮っています。

寂しい姿の旧本館のアップを・・・。

本館アップ.JPG

写真の右側の部分(西側通路跡?)は、壁一枚のような状況・・、写真の中-左側は、かろうじて窓枠を残した外壁だけで厚みはないように見えましたが、中庭側の窓枠なのかなぁ?

いずれにしろ、本館の壁も壊され、私たち化石の1桁卒業生から36回生位まで使用していた3棟の校舎がなくなる。

今思うのは、校舎は違っても北陵高校生を、同窓生を見守ってくれる校舎の姿を早く見たい!ということだけだ。

<お知らせ>今年度(H25.4~26.3)中に行われた、学年同窓会への補助金の申請は3月31日着までです。現在、4回生をはじめ3つの学年同窓会から申請がありました。現在、予算額内なので、3つの学年同窓会へは5月の第二土曜日に予定されている「同窓会総会」の際に精算されますので、ご担当者はご出席をおねがいします。また、学年同窓会を今年度中に実施された学年で未だ申請させていない場合は、期日が迫っていますので・・。

ご質問は、FBのメッセージまたは同窓会の記念誌用に開設したメアドですが、50kinen@hokuryo.net  までお知らせください。   徒然の爺

 

卒業式タイトル.JPG東日本大震災があった2011年4月に入学した生徒たち(48回生)が卒業しました。

体育館に入ると卒業生、保護者、在校生(高2)が着席して開始を待っていました。

10時ちょうど、副校長による開式のことば、つづいて国歌斉唱。

いよいよ卒業証書授与式。昨年までは、一人ひとりの名前は呼ばれましたが、証書を受け取るのはクラス代表という形、今年は、一人ひとり壇上にのぼり、校長から受け取る形でした。

時間は間違いなく今までより長いですが、長くは感じませんでした。心地よい緊張感といったところでしょうか。証書授与のあと、校長からのことば「それぞれのステージで大いに活躍することを期待します・・。」と。続くお祝いのことばは、PTA会長から小学生の卒業メッセージを扱い、皆さんはどのようなメッセージをお世話になった方たちへ送りますか・・?と。つづいて同窓会から・・、会長が仕事の関係で出席できないので私が・・、突然の代役なのでしどろもどろ・・、同窓・・、同じ窓から見える富士のことを話しました。私たちのときは現在、解体中の旧校舎から見た富士、卒業生は臨時新校舎から見た富士・・、この先は、場所は変わってしまう、しかし、同じ富士が見たい、という思いで講釈しました。<式の写真はNGなので、学校の広報をご覧ください・・、富士の写真は撮り忘れました。>

皆勤・精勤者発表、在校生のことば、卒業生のことばと続き、校歌斉唱が・・、

澄みたり大空 広し相模野恩師へ2.JPG

3人見送り.JPG我らが理想と そびゆる富士の

ああ その秀麗 ・・・・

「かながわ校歌祭」に出たい!

教頭による閉式のことばで一連の式は終了。

右の写真は、その後行われた生徒の企画によるスライド上映と恩師へのお礼(?)のようすです。スライドは北陵での三年間をテンポよく編集されていました。恩師へでは先生の涙も見ました。

すべて終了・・・。体育館を退場していく卒業生を見送るお三方です。左から校長-教頭-副校長です。

クラスごとに退場の曲を替え、にこやかに退場していきました。

何人か涙をぬぐう子もいました。ウルウル・・、いいですね。

 

残る本館.JPG

卒業式が終わって、解体の状況を見てきました。

残っているのは旧本館だけでした。解体のスケジュールを聞いたところ、予定では年度内(3月末)に全て解体だったのが、5月連休あけ位まで伸びそうだとのこと。この写真、何気なく寂しそうに見えるのはわたしだけでしょうか・・。

移転先のことは、現在は未定というのが公式発表なので、今暫く情報を収集するしかないのかなぁと。

学校も情報収集中ということで、県の教育局まなびや計画推進課から今までの経緯を含めた今後のことを説明してもらえるように要望してあります。説明の機会が設けられましたら、ご案内します。

さて、次回は3月15日に北陵へ行きますが、現状の大きな変化はないと思いますので、暫くは徒然で・・・。

 

北館の奥に体育館の屋根.JPG前回案内した50周年記念誌はご希望の方に発送しました。

2014年になって久しぶりに旧校舎の様子を見てきました。

写真の左側は中館の通路部分、1階部分だけ残っているのは北館。奥に体育館の屋根が見えます。

工事予定を見ると1/22まで北館の躯体解体,23~25は中館躯体解体となっていました。

 

 

中庭2.JPG色々な思い出を残しただろう中庭は跡形もなく・・といったところです。新たな時代を迎えるためのセンチメンタルですかね。

私のように化石の一桁回生にとっては、学校自体が完成していない時の思い出も沢山ある校舎でした。

臨時新校舎(仮校舎)でしか過ごせなかった生徒たちも体育館への行き来、グラウンドへの行き来でずっと見てきた旧校舎です。あとわずかですが・・・。

本館.JPG

 

三枚目の写真は本館を覆ったものです。解体の方法はよく分かりませんが、このパネル塀の奥の本館建物が解体されているんですね。コンクリなどの飛散防止なんでしょう。

こういった状況ですから、校舎前の道路を通過しても、まるで旧校舎はまだ存在しているように見えますが、校舎自体は1枚目、2枚目の状態です。

次は、3月の卒業式頃のアップになります。私の仕事も今が佳境を迎えているのであしからず・・・。

またまたですが・・・、50周年記念誌はまだ残っています、記念CDと一緒に送付しますので、ご希望の方は、

①FBのメッセージにお名前と住所を記入され送信いただければ、後日、同窓会より郵送します。

50kinen@hokuryo.net に①同様に氏名・住所を記入され送信ください。

CDも同封します。